色眼鏡という見えるフレームというよりカラコンで度ありみたいな。

世間の色眼鏡というものは、やっかいなもので、
一度貼られたレッテルというものは、こちらがどうしていても、
なかなか剥がさせてはくれません。
それは、色眼鏡という見えるフレームというよりカラコンで度ありみたいな、
ステルス的なものがあると思うのです。
というのも、口では「気にしていません、平等です」と言っても陰で
実は差別をしているということが儘あるわけです。
依存症など始めたのは本人でも、抜け出ることは本人では困難であることが多くあります。
むしろほとんどだと云えるのではないでしょうか。
世間の協力なくして依存症克服はないのですが、難しい人間の問題です。

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